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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)464号 判決

控訴人 滋賀相互銀行

理由

被控訴人(稲岡勝)名義をもつて控訴人(滋賀相互銀行)との間に被控訴人主張の公正証書が作成されていること、被控訴人所有の本件不動産にその主張の抵当権設定登記がなされていること、控訴人が被控訴人に対し、右公正証書に基き相互掛金契約上の掛戻債権金一、五〇二、二五〇円を有すると主張して昭和三二年四月二二日右不動産につき競賞の申立をしたこと、稲岡君代は被控訴人の妻であつて、浅田克己は君代の実弟であることはいづれも当事者間に争がない。

よつて右公正証書の作成ならびに抵当権設定登記のなされるに至つたいきさつにつき考察するに、証拠によれば、前記浅田克己は繊維関係の商業を営み、昭和二九年頃までに数回に合計約五〇万円の融資を被控訴人に仰いでいたところからその上更に無心をいいかねて、同年中訴外秋野義男から八〇万円の高利の金融を受けるに際し、姉君代に懇請して被控訴人に無断でその借用名義を被控訴人としその唯一の所有不動産でその住居と医院経営の場所である本件不動産に抵当権を設定してその登記を経たが、秋野はその貸金債権と担保権を小森三郎に譲渡し、小森は厳重にその支払を督促し、担保権の実行に移らんとしたが、被控訴人が宅診や往診に忙殺されていたので君代は極力その事の被控訴人に発覚するのを防止したとともに、浅田は十年来怩懇の間柄であつた控訴銀行の田方正己に右窮状を訴えた結果、同人の斡旋により、控訴銀行と前記債務よりも低利で崩済のきく相互掛金契約を結び急場を凌ぐこととなり、再び君代と謀り被控訴人の印章を無断で使用し、その名義を冒用して金一五〇万円の給付を受けるべき本件相互掛金契約ならびに抵当権設定契約に必要な書類を作成偽造し、或いは先に八〇万円の借用時に偽造した被控訴人名義の白紙委任状を右抵当権設定登記申請に流用し、もつて、控訴銀行から利息費用を差引かれた残金一四〇万余円の給付を受けて前記八〇万円の元利金債務の弁済と抵当権の抹消を遂げ、更めて前記の通り本件抵当権の設定登記を経たことを認め得べく、この事実と口頭弁論の全趣旨によれば本件公正証書も右相互掛金契約及抵当権設定契約につき被控訴人に無断で、その名義を冒用して作成方を委嘱した結果被控訴人の何等関知せない間に成立するに至つたものと推認するのが相当である。

次に控訴人の表見代理の主張につき考えるのに、稲岡君代が日常の家事につき金銭の収支一切を被控訴人から委されていたことは証拠により認めうるところであるけれども、稲岡君代が被控訴人からその実印や本件不動産の登記済証書の保管を被控訴人から委されていたような事実はこれを認むべき証拠はなく、却つて証拠を綜合すれば、稲岡君代は実弟浅田克己への愛情にほだされ、且迷惑はかけぬとの甘言に乗り秋野からの前記金借に被控訴人の実印を持出し冒用したのがもとで、本件金借に際しても更に被控訴人がその書斎に保管中の印章を無断で持出すにいたつたこと、控訴銀行の外交員田方正己は右浅田から打明けられて本件相互掛金契約及び抵当権設定契約が被控訴人に無断であり、その給付金は一切浅田が前示いきさつ上自己の用途に使用するものであることを知り、又調査係高氏市太郎は被控訴人に内密にするため普通なら契約名義人である被控訴人に会見すべきところをせずに済ませたし、その契約名義は被控訴人であるが給付金は浅田が自己の用途に使用するものであることを知りながら、支店長柴原正一の指示により、一部被控訴人の医院増築費用に充てるように報告書を書いたことが認められるから、控訴銀行の係員は叙上被控訴人に無断の事情を知つていたか又は過失により知らなかつたものといえるから、表見代理の成立しないことは明らかであり、右主張は採用できない。

次に控訴人の追認の主張につき判断するのに、被控訴人が本件公正証書の作成や抵当権設定登記の発覚後も被控訴人が稲岡君代と同棲夫婦関係を持続していることは被控訴人の明らかに争わないところであり、その限りにおいては被控訴人が君代の前示無断行為を宥恕しているといえるであろうけれども、それが直ちに控訴銀行に対する関係において、暗黙にも、追認の意思表示をしたものと見ることはできず、被控訴人が叙上無断でなされた取引を覚知することを妻君代が極力防止したことは前示認定の通りであり、為めに債権者からの督促その他の関係書類が被控訴人の目に入らず、本件抵当権の実行が開始され競売手続のため執行吏が不動産の調査に赴くにいたつて初めて被控訴人の覚知するところとなり、驚き直ちに遠藤弁護士にその善後措置を一任した結果本訴が提起されるにいたつたいきさつは、証拠を綜合考察すれば明白であるから、明示はもとより暗黙にも本件公正証書による相互掛金契約、抵当権設定契約が追認された事実を認定することはできない。

よつて被控訴人の請求はすべて正当であり、これを認容した原判決は相当。

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